デス・オーバチュア
第243話「赤い閃光(ヴァンパロッサ)」



森の中に美しい竪琴の旋律が響き渡っている。
「…………」
竪琴の音色にも負けぬほどに美しい少年が、木陰に座って竪琴を奏でていた。
眠神ヒュノプス、ガルディア十三騎の一人にして、数少ない超古代神族の生き残りでもある少年。
「リリリィィ〜♪」
少し変わった鳥の鳴き声が聞こえたかと思うと、暁色(ぎょうしょく)の巨大な鳥がヒュノプスの前に降り立った。
「…………」
「ヒュノプス〜、お待たせ〜?」
降り立ったのは正確には鳥ではなく、暁色の全身鎧を装備した女性である。
暁の女神アウローラ、ガルディア十三騎の一人で、ヒュノプスと同じ超古代神族の生き残りでもある女神だ。
ヒュノプスとは十三騎になる前からの付き合いであり、彼の『無言』と意志疎通できる唯一の存在である。
「…………」
「怒らないで〜、アウローラがタナトス達において行かれたのは不可抗力〜」
アウローラは、ヒュノプスの無言……正確には眼差しと竪琴の音色で訴えてくる問い詰めに答えていた。
「アウローラ役立たず〜? でも、おかげで鎧ピカピカ〜」
新生(修復完了)した暁色の全身鎧を見せびらかすように、アウローラはクルリと一回転する。
「フェイタルフェザー(致死の羽)!!!」
暁の全身鎧(鳥)の左翼の板が三枚外れて、空に飛び立った。
板は二カ所で折れ曲がり、二又の槍の先端のような形をとる。
「ビ〜ム〜♪」
変形した羽の又から、暁色の光線が森の中へと放たれた。
三条の光線が命中した場所から、反撃のように何かが飛びだしてくる。
「フゥゥゥゥ〜♪」
アウローラは、赤く発光する『鉈(ナタ)』を両手にそれぞれ握ると、二つの飛来物へ叩きつけた。
飛来物はヒートハチェット(赤く発光する鉈)に両断されることも、大地に叩きつけられることもなく、その場から逃れるように空へと飛んでいく。
空に吸い込まれていく飛来物にアウローラの視線が向いた一瞬の隙を狙うように、何かが彼女の懐に突進してきた。
「ピィィッ!?」
アウローラは相手の正体を確認するよりも速く反射的に、二振りのヒートハチェットを振り下ろす。
「…………」
振り下ろされたヒートハチェットは、小さな内反りの黒刃にめり込んで止まっていた。
「やっぱり、フォ〜ティ〜?」
鎌のような内反りの片刃をした小さなナイフ(カランビットナイフ)。
黒染のカランビットナイフは半ばまで刃を焼き切られながらも、その小さな刃でしっかりとヒートハチェットを受け止めていた。
二本のカランビットナイフを両手でそれぞれ逆手持ちしているのは、薄いピンクの髪をした十五歳ぐらいの少女。
瞳は鮮血の赤、限りなく白に近い淡いピンクの髪は、膝まで届く程に長くボリュームがあり、赤いリボンで緩やかな三つ編みにされていた。
鮮やかな赤いブレザーは、両手の袖口と裾がピンクがかった白(白く見える程薄いピンク)で、中に着ているホワイトピンクのシャツには黒いリボンが結われている。
赤いスカートは膝半分までの丈で、ホワイトピンクのオーバーニーソックス、赤い靴を履いていた。
少女の首と両手首と両足には囚人のような黒い枷が填められている。
首の枷には『F40』という文字が彫り込まれていた。
「い……いきなり酷いじゃないですか、アウローラ様! 問答無用ですか!? 気配感じただけで撃ちますか、普通!?」
鮮烈で凛々しい印象のする少女は、早口のように一気に捲し立てる。
「覗きよくない〜、フゥッ!」
アウローラが気合いを込めると、ヒートハチェットがカランビットナイフを断ち切り、大地にめり込んだ。
カランビットナイフが断ち切られた瞬間、その向こうに居るはずの少女が消えていたからである。
「諜報活動と言ってください!」
上空から声が聞こえたかと思うと、投げ(スローイング)ナイフが四本、アウローラに向かって降ってきた。
最初にアウローラが放った三枚のフェイタルフェザーが舞い戻り、四本のナイフを撃ち落とす。
さらに、四本の投げナイフが飛来するが、三本のフェイタルフェザーに容易く防衛されてしまった。
「無駄無駄〜♪ フェイタルフェザーの守りは鉄壁……イィッ?」
アウローラを守護するように浮遊展開する三枚のフェイタルフェザーより『内側』の空間に、少女が出現する。
少女の両手には、長さ60pほどの直刃の極東刀が逆手で握られていた。
「ヴァンパロッサ(赤い閃光)!」
「ウィィィィッ!?」
瞬間、億を超える赤い閃光(線)が編み目のようにアウローラを全方位から切り刻む。
刹那の赤き閃光が消えると、アウローラの後方に、少女が背中を向けて立っていた。
「まあ、本当はただの買い物の帰りなんですけどね」
少女の両手の忍者刀(四角い鍔の短い直刃の極東刀)の刃がコナゴナに砕け散る。
「ウウゥ〜、せっかくの新品の鎧が傷だらけに〜」
良く見ると、アウローラの暁色の鎧は全身くまなく擦り傷ができていた。
「前より防御力が格段に上がってますね。鎧だけならなんとか斬れるかと思ったんですけど……」
鍔と柄だけになった二振りの忍者刀を地に捨てると、少女はアウローラの方を振り返る。
「酷い〜、フォーティ。生身だったらアウローラ、サイコロステーキになってた〜」
アウローラは少女と向き合うと、プンプンと可愛く怒った感じで苦情を述べた。
「お互いさまです。熱線が一発でも当たっていたら、こっちは跡形もなく蒸発してたんですから……挨拶代わりに発砲しないでください」
少女は苦情を苦情で返す。
「大丈夫〜、十三騎最速のフォーティに当たるわけない〜」
アウローラが微かに頭を下げると、頭上……直前まで頭があった空間を高速で何かが通過していった。
二つの高速飛行物体は、少女の両手にそろぞれ掴み取られる。
その正体は、三つのナイフが連結されたような投擲武器だった。
「ブーメラン〜? ビック手裏剣〜?」
「手裏剣なんてよく知ってますね……」
少女は三つの刃を折り畳んで、円盤のようにすると懐(ブレザーの中)にしまい込む。
「他にも知ってる〜、さっきのナイフはクナイってやつ〜?」
「本当によく知ってますね……」
左手を掲げると、黒いスローイングナイフ(クナイ)が八本、引き寄せられるように貼りついてきた。
クナイは八本とも少女の懐の中に収納される。
「後、私は正確には十三騎ではないので、ガルディア最速と認識しなおしてください」
「オォ〜、謙虚なフリした凄い自信〜♪」
「ただの事実です」
いきなり、アウローラの前で少女が増殖しだした。
一人が二人、二人が四人、四人が八人、八人が十六人といった具合に増え続け、アッという間に百を超し、アウローラの視界を埋め尽くしていく。
最初……古い少女から順番に薄れて消えてはいくが、増殖の速度は消失の何倍も速く、数はすでに千を突破し、億を目指していた。
「分身殺法〜? 気持ち悪い程凄い『残像』〜」
「ロッサミリアルド(億の赤)!!!」
「ルウウゥ!?」
億に達した少女が一斉にアウローラへ襲いかかる。
「…………」
「っ……」
「有り難う、ヒュノプス〜、危なかったぁ〜」
直後、億の残像が消え、唯一人になった少女の右手(手刀)がアウローラの首に触れる直前で止まっていた。
正確には強制的に止められているのだ、ヒュノプスの右手に手首を掴まれて……。
「……楽をしようと鎧の無い場所を狙ったのが失敗でしたか……」
少女はそう言って小さく嘆息すると、腰の横に左手をあてた。
手刀の形になった左手が赤く、赫く輝きだす。
「インプルソロッサ(赤い衝撃)!!!」
「ィィィィィッ!?」
突きだされた少女の左手が、暁色の鎧の中心……アウローラの鳩尾を刺し貫いていた。
貫かれた箇所を中心に、鎧の全身に亀裂が広がっていく。
「ア……アァァァレェ……?」
「フィーネ(滅亡)!」
少女が勢いよく左手を引き抜いた瞬間、暁色の鎧はコナゴナに砕け散った。



「デミウルに怒られるかな? 受け取ったその日に壊すなんて……」
アウローラの口から滑らかで淀みのない声が発せられた。
「ふん、『超合金』などと言っても、所詮は玩具ということだ……」
ヒュノプスの口から、少年らしくない、成熟した青年のような声が放たれる。
この場には、赤い鳥と竪琴を持った美少年しかいない、ピンク髪の少女はすでに去った後だった。
「玩具は言い過ぎ、デミウルが可哀想」
「ふん……」
二人の雰囲気は、いつもとかなり違う。
アウローラは馬鹿っぽさが無くなり可愛らしく、ヒュノプスは厳しく冷徹な感じだった。
「人間……いや、人間ですらない『出来損ない』に手加減されるとは……クライシスに言わせたら超古代神族の恥さらしといったところか……?」
ヒュノプスの言葉には一欠片の甘さも優しさもなく、どこまでも冷たく辛辣である。
「出来損ない……確かに、『神』の出来損ないではあるだろうけど……人間よりは遙かに高次な存在じゃない?」
「馬鹿を言え、所詮は紛い物……お前の鎧と同じ人の作った玩具に過ぎん……」
「容赦ない……冷たすぎ……」
アウローラは、久しぶりに見る恋人の容赦のない本性に苦笑した。
「いい機会だ、玩具に頼るのはやめて、少しは自らの力を使……」
「あなたが本当の姿を晒すなら考えてもいいけど?」
暁の女神は意地悪く、悪戯っぽく微笑する。
「…………」
「うふふっ、まあ、その姿も可愛くて好きよ」
「…………」
「黙らないでよ、話題変えるから……えっと……」
「…………」
ヒュノプスは、アウローラが別の話題を思いつくのを待たず、無言で一人歩き出した。
「あ、待って待って! せっかくだからもう少し話しましょう」
アウローラは慌ててヒュノプスの後を追いかける。
「…………」
「また数千年黙っちゃうの? そりゃあ、二人の間に言葉は『不要』だけど……」
例えではなく、実際にヒュノプスとアウローラは以心伝心だった。
彼女という通訳がいるからこそ、ヒュノプスは何百、何千年と一言も口をきかずに過ごすことが可能なのである。
「二人きりの時は、いくら喋っても大丈夫なんだから、もっとお喋りしましょうよ。愛の維持にはトークというコミュ……」
「不要だ……」
ヒュノプスは吐き捨てるような一言で、アウローラの言葉を否定した。
「むっ……あんまり構ってくれないと本気で浮気するわよ、あなたの大切な……」
「黙れっ!」
「あぐっ……」
その一言で、アウローラが『強制的』に黙らされる。
「それ以上囀るな……私は干渉されるのは嫌いだ」
紫暗の瞳がどこまでも冷血、冷酷、冷徹にアウローラを睨みつけていた。
「ごめんなさい〜、アウローラ黙る〜……て方がいい?」
アウローラは一瞬だけいつもの不可思議な口調に戻る。
「どちらでも好きにしろ……」
口調がうざいか、しつこく五月蠅くてうざいか、ただそれだけの違いだった。



森の中に、黒ズボンと赤シャツに黒いコート、黒い帽子と黒眼鏡(サングラス)をした男が立っていた。
ガルディア十三騎の第二騎士、神殺しのギルボーニ・ランである。
ギルボーニ・ランの左右の空間には、三本ずつ、計六本の極東刀が生えていた。
「…………」
彼は少し腰を屈めると、腰の前で両手を交差させる。
「ガルウィング(六連抜刀)!」
六本の極東刀がまったく同時に『抜刀』され、彼を中心にした周囲の木々が全て輪切りにされて崩壊した。
次の瞬間、六本の極東の刃が跡形もなく砕け散り、柄と鍔だけが地に落ちる。
「ふん、最近の極東刀は質が悪いな。一撃も耐えられぬか……」
「あああああっ!? 何をやっているんですか、ギル様!」
悲鳴のような女の声が聞こえてきたかと思うと、赤い閃光がギルボーニ・ランに迫ってきた。
「買い物一つに随分時間がかかっったな……最速の名が泣くぞ」
「いえ、途中でアウローラ様に絡まれまし……て、何やってるんですか、ギル様!?」
赤い閃光の正体は、ピンク髪に赤いブレザーの少女である。
「修行に決まっているだろう、お前が帰ってくるまでの暇潰しにな」
ギルボーニ・ランは、少女が何を怒っているのか解らないのか、欠片も悪びれに答えた。
「暇潰しの修行で、買ったばかりの刀を何本も駄目にしないでください!」
「ふん、俺の力についてこれない安物の刀が悪い」
「だったらラグナスを使えばいいでしょう! アレならどれだけ無茶しても折れないんだから! あ、やっぱり駄目です! あれは周りへの被害が……損害賠償が……」
少女は吠えるように早口で怒鳴ったかと思えば、ブツブツと何かを計算するように呟きだす。
「相変わらず細かいことを気にする奴だ……」
その様を見て、ギルボーニ・ランは苦笑を浮かべた。
「ギル様が気にしなすぎなんです! わたしが家計のやりくりどれだけ苦労していると思っているんですか!」
「家計と言うな……せこく聞こえる……」
ギルボーニ・ランは嘆息しながら、黒帽子を深く被りなおす。
「少しは節約してくだいと言っているんです! この前なんていきなり極東刀のストックを使い切るし……安物安物言いますが、ソレだって充分高いんですよ!」
「解っている。だから、中央大陸で買わずにわざわざ本場(極東)まで買い出しに来ただろうが」
中央大陸では極東刀は消耗品の武器ではなく、芸術品というか趣味で買い求める高級品扱いだった。
当然値段も普通の消耗品(武器)とは桁違いである。
ガルディアのある北方大陸に至っては、中央大陸以上に他の大陸との貿易が皆無なため、大陸中探し回ってもまず見つかるはずもなかった。
「……とにかく、もっと大事に使ってくださいね。この前の一件、極東刀とガヌロンの弾丸を使い切ったにも関わらず、イリーナ様からまだ経費貰ってないんですから……今回の物資の補給は自腹なんですからね! 自腹っ!」
「仕方あるまい、イリーナの奴が隠れてしまったからな……おそらく、ギリギリまであの場所から戻ってこないつもりなのだろう」
「だったらなおさらです! 経費を払ってもらうのはまだまだ先! しかも、『開戦』のどさくさで踏み倒される可能性もあるんですよ! もうこれ以上の補給はしてあげませんからね! 覚悟して使ってくださいね!」
少女は言いたいことを一方的に早口で言い切る。
「解った解った。で、お前の分の買い物ももういいのか?」
「あ、いえ、アウローラ様のせいで消費しましたので、その分を補給しないと……」
「そうか、じゃあ、今度は俺もつきあうか……腹も減ったしな」
「食費も倹約しますからね。天ぷらや鴨南蛮は駄目です、たぬきかきつねまでです、宜しいですね、ギル様?」
「解った解った……」
あまりにもせこすぎると思ったが、下手に口答えすると、かけそばまでランクが落とされそうだったので、ギルボーニ・ランは助手(従者)である少女に大人しく従うのだった。






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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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